ケーススタディ

DNA鑑定とケーススタディ
ケーススタディで知るDNA鑑定の現実

男の立場

男のニーズは「俺の子か?」と単純。
しかし、具体的には

  • 「この子は妻の不貞の子じゃないか?」
  • 「逃げた妻、置いていった (連れて行った)子は俺の子?」
  • 「離婚するにあたって、俺の子であるかどうかはっきりしておきたい」
  • 「シェルターに逃げ込んだ妻と子、子は俺の子?」
  • 「妻のできちゃった離婚、俺の子でないことを証明しなくては!」
  • 「離婚後300日以内の出産、俺の子でないのだから、証明しなくては!」
  • 周りからの「どうもあんたの子じゃないよ!?」という声

などなど、嫡出否認・親子関係不存在確認から、親兄弟の心配などまで含め、ケースは様々です。

どの例も当事者にとって大変大きな問題であり、悩みです。問題と悩みの解決は優先されるべきでしょう。

上記の例には、妻を含めた親子鑑定ができないケースもあります。父子鑑定を実施、結果を冷静に受け止め新たな人生をスタートさせます。

「妻の不貞?その疑惑の子?・・」というケース、男にとって辛い悩みです。妻に内緒で私的検査をせざるをえません。

その旨を妻に云って、皆揃って親子鑑定?現実にはなかなか難しいですね。配偶者による不倫調査は現在進行形の事実調査、父子鑑定は過去についての事実調査とも云えるでしょうか。

鑑定実績から、何割かが「俺の子でなかった」というのが現実です。煽っているのではありません。

笑い話ではありません。「妻の不貞?その疑惑の子?」を疑い、親子鑑定をやろうと妻に相談 (実際は、迫ってしまったのでしょうか)、離婚する破目になったケースがあります。両人は、個々の弁護士付きで弊社を訪れ、「三人揃って親子鑑定」を実施。

父子は誰が見てもそっくり、瓜二つ、親子鑑定の必要もないほどなのに・・・。なぜ?彼は何かに取り憑かれてしまったのでしょうか。

女の立場

女のニーズは「あんたの子よ、認知して」が主なケースであったでしょうか。

最近は女性からの鑑定依頼が増えております。子の父は誰ということ、具体的には夫の子であるか否かというケース。

その他、「未婚の母と子、そして擬父」という典型例のほか、「できちゃった離婚の母子と擬父」、「離婚後300日以内にできた子と、その擬父」など。動機は男とは、ちょっと違うようです。

そんな中、こんな例もあります。

  • 相手の男は二人、A男のサンプルは精液のついたティッシュペーパー、B男のサンプルはたばこの吸殻、子のサンプルは綿棒、そして、自分は鑑定に参加せずに、「どっちが父か決めてくれ」。どうですか。強烈ですね。
  • さらには、

  • 夫と愛人が産院で鉢合わせ、こんな話ってあるのでしょうか。A子は夫と愛人を手玉に取っていました。しかし、運悪く赤ん坊を見に来た二人が産院でバッティング。信じられない話ですが、事実は小説よりも奇なりです。親子鑑定をやることになったのですが、A子は、B (夫)、C (赤ん坊)とのトリオで検査をするから、愛人の検査は受けつけないでくれというのです。また、A子は同じ A、B、Cのトリオ構成で、追加鑑定を実施したのです。騙されました。結果は、一組は実子、もう一組は実子でない、という内容でした。
    「後日譚」
    A子は「実子」の結果を愛人に見せ、「ほら、貴方の子ではないですよ」と云ったというのです。恐るべし・・・。(このケースは弊社の反省例です。)

どっちが弱者


いかがでしょうか、男と女の鑑定動機は随分違います。しかし、問題と悩みを解決するということは同じです。

女の場合、自分が親である確率は100%、男は五分五分、結果が出るまでわかりません。

鑑定を行う上で弱者があるとすれば、それは男ではないでしょうか?「子」は母の子であるに決まっています。産院での取り違いでもなければ (今までに一例ありました)、これは絶対です。しかし、「子」が「男」の子でないとしたら、男は妻と子、二人を同時に失うことになりかねません。

女の自信

女が云う「この子はあんたの子よ」の一言は男にとって強烈なインパクト、女の言葉は自信に満ちています。

さて、女の自信は真実?

  1. 父を知らずに育った私は30歳の男、結婚を機に、「もし父が生きているのならば誰なのか知りたいのだけれど」と母に。意外にも母は気軽に「A男」さんよ、と告白。A男、私、母による親子鑑定がスムーズに行われる運びとなった。A男が鑑定に参加することを承諾したのです。しかし、A男は私の父ではありませんでした。どうして?母の思い込み?長い年月の経過で思い込みはより理想化され?いやいや、わかりません。母は残したくない記憶を海馬にとどめなかったのでしょうか?!
  2. 二十歳そこそこの青年、付き合っているガールフレンドが妊娠し出産、「この子はあんたの子だよ」と女。「あーそうか」と青年。これを機会に入籍を考えた青年に「歳の劫 (年の功)」の提案、「一応、親子鑑定をしてみたら」と。結果は青年の子ではありませんでした。彼女の親御さんは驚きました。「誰の子なの?」、彼女は「それじゃ、B君」。B君も鑑定に参加、またびっくり、B君も赤ちゃんの父でなかったのです。「あー、何ということ」、親御さんの情けなさやいかん!!
  3. ティーンエイジャーの母、相手は大学生、どんな「なれ初め」か知りませんが、この現実に彼は観念、責任を取ることを決めたらしい。ここでも「年の功」の提案で親子鑑定を実施、彼は赤ちゃんの父ではありませんでした。びっくりは幼き母の母「そんなー・・・」。とはいえ鑑定結果は否定しようがありません。それにしても、幼き母は・・・・
  4. 2008年に亡くなった歌手、フランク永井さん。歌を唄えなくなって二十年ほど経っての悲報です。何ゆえの自死未遂であったのかわかりませんが、女性からの認知要求がその頃、話題になっていました。この問題が悩みであったのでしょうか。当時はDNAによる親子鑑定はなかった時代。女性からの認知要求は、強い力として作用したことが伺えます。実際に、生物学上の父子でなくても、血液型さえ一致していれば、女性からあんたの子だといわれたらどうしようもない時代だったのです。もちろん、当時でも医学部の法医学教室に鑑定を依頼すれば、結果を出すことができましたが、長い日時と多額の検査料金がかかりました。DNA鑑定ができる時代になって、フランク永井さんと、子といわれる人による父子鑑定が行われました。結果は「フランク永井さんの子でなかった」と報道されました。なんということでしょうか。

だから

いかがでしょうか。男と女、なせる業、生じる問題、苦悩、それらはカップルの数だけ違ってあるのでしょう。紹介例でお分かりのように、思い込みというのはあるものです。また、周りの人の直感、疑問、配慮は聞いてみるものではないでしょうか。

ほとんどの人は親子鑑定を必要としません。しかし、親子鑑定を必要とする人は少なくありません、これが現実です。ハッピーな鑑定もなくはありませんが、ほとんどのケースはそうでないもの。ケースも複雑で、どれ一つ同じものがありません。

鑑定を必要としない人は「幸せでない現実」を知らないゆえに、「親子三人揃って鑑定」などと云います。人それぞれの問題、悩みは、なかなか幸せの人には理解されないものです。彼らは、人権という言葉もよく使います。彼らの云う人権は、「子、母の人権」という通り一遍の思い込み。決して男の人権というフレーズは出てきません。

いずれにしても、男の場合は「俺の子か?」、女の場合は「あんたの子よ、もしくは、どっちの男の子?」、子にとっては「父親は?」ということ、はっきりしておかなければなりません。誰にとっても重要なこと、これは認めなければなりません。大人としての配慮から、配偶者を抜きにした検査をしなければならない現実を、誰も責められないのではないでしょうか。親権を持つ親の一人が、*配偶者に内緒で親子鑑定をやることは、自分の欲得に関係のない、「問題」、「悩み」の解決のため、事実を知るということなのです。ですから弊社は私的鑑定を受け付けます。(*夫を抜きにした父子鑑定、妻を抜きにした父子鑑定ということです)

神話と古典、現代小説にみる、男の不信と悩み

< 古事記 >

天孫降臨の「ニニギノミコト」は一夜の契りで妊娠をしたと云う「コノハナノサクヤヒメ」を疑います。千三百年ほど前に著された、日本で最も古い書物?(神話と歴史)の有名な物語には、オトコの「不信」が書かれています。

日本、最初のオトコの「不信」と云えるかも知れません。ヒメは、無戸室にとじこもり、無事、三神(オトコ)を産み落とすことで貞節を証明?するのです。その一神の男系子孫が神武天皇とされることから、この物語は男系皇統を際立たせる象徴的なものとされています。

<源氏物語>

千年の昔、世界最古の小説では、光源氏と藤壺、女三宮と柏木の、二組の不倫の子が登場します。前者は光源氏と父の後妻(継母)、後者は、光源氏の妻と彼の親友の息子という、間柄の不倫です。光源氏は二つの三角関係において、前者では「加害者」、後者では「被害者」という立場にあるわけです。このような表現が妥当か否か分かりませんが、光源氏は、一生において、「因果応報?」、両苦悩を経験するという設定になっているのですね。

<青春の蹉跌>

石川達三の「青春の蹉跌」という小説を読んだことはありますか。主人公の「学生」は、恋人から妊娠を知らされ、その恋人を殺してしまいます。司法試験に合格し、社長令嬢との結婚もきまります、まさに前途洋洋。恋人には一方的に別れを告げるだけでいいという思惑、ところが、「なんで妊娠なんか・・・」。

彼は逮捕されます。そこで知らされたこと、それは、胎児の血液型が彼の子であることに矛盾するという結果であったのです。

この小説は「実際あった事件」を基に綴られたとされていますが、その事件があった「とある、地方都市」では、殺された女性を非難する声もあったとのことです。

<波>

山本有三の「波」という小説をご存知ですか。妻の不貞(この言葉はもう死語でしょうか)でできた子? 男は苦しみます。

「たとえ私の子でなくても社会の子として育て、社会へ送り出してあげれば・・・」という理性、これは理想でもあるのですが、感情は・・・・。理性と感情の相克、寄せては返す浜辺の波のように、苦悩は永遠に・・・。ところが、ある日、息子と海辺を散歩する男は、息子の歩きに若干の不具合があるのに気づきます。男は息子に「自分の遺伝」を発見したのです。

このようなことも・厳しい現実

DNA鑑定の結果、子が夫の子でなかったとわかることで、通常、離婚という道をたどることになりますが、母親サイドでは、その子は誰の子という問題が提議されます。多くの場合、母親は本当の父はあの人なのだと再確認させられることになるのですが、ときに、何処の誰かもまったく知らない、あの時のあの男、と思い知らされるというケースもあります。ゆきづりの恋ということでしょうか。このような不幸なこともあるのです。

この場合、母親は親兄弟にも本当のことを云えないという苦しみを味あうことになりますが、同時に、この子は本当のててなし子になってしまうということで、より不幸であるといえるでしょう。

いずれにしても親子鑑定の結果は母子家庭を発生させるという厳しい現実につながります。社会的に保護対象となりますから社会保障費が支払われることになります。昨今の生活保護費用の急増に親子鑑定離婚が少なからず関係しているとかんがえられます。

産院での赤ちゃん取り違えという事例を一件経験しています。このケースでの悲劇は、事実を知った時には、とうの昔に産院が閉院した後であったことです。県境付近にあった産院で県を跨いだ市町村の妊婦が利用していたことも調査の障壁となります。依頼主は調査を断念したようです。

(当ページの内容は事実にオブラートをかけた記述となっています)